tamaのPC歴

tamaは、汎用コンピュータ(死語?)関係の仕事をしていました。
最初の頃は、小型機でメモリー16Kbyte、超大型機で512Kbyteでした。

本格的に仕事をしていた時の大型コンピュータは、メモリが16Mbyteでした。
最大の仕事は、パケット交換機を使った日本初の実用ネットワークに
大型コンピュータ5台、端末コントローラ約150台(端末は、約4000台)を接続したものです。

主に運用支援(トラブル対応)をしていましたので、システムのオープン時には、
ユーザから唯一マシン室での立ち会いを依頼されました。
日本一の證券会社の社長がテープカットするため業者は、参加する余地がありませんでした。

そんな時代にシャープからポケコンがでましたので
早速購入して、BASICを学びました。
とりあえず自分のコンピュータを持つことになりました。

本格的なPCとしてEPSONのHC−20を購入しました。
その後、会社でBasicMasterレベル3(ひらがな表示)をOAとして使いました。
世の中は、NECのPC6001/8001/8801がはびこっていました。
tamaは、初級機ながらFDDとワープロソフトがついたPC6601を買いました。こいつは、一応音声も出せました。
PC−6601によるワープロ文書(1983年)
当時は、ワープロ普及前でしたので漢字での文書作成に重宝していました。
漢字は、確か16ドットで作られていました。
長く使えたのは、シャープのMZ−2500(最後の8ビットマシン)でNECの9801にも負けませんでした。
パソコン通信、日本語ワープロ、漢字対応BASIC、音声発生等々、、、
CP/MというOSも用意されていました。

1983年頃からは、パソコン通信を始めました。
最初の頃は、雑誌系のテレスター(I/O誌)とアスキーネットで300bpsのカプラーモデムを使いました。
その後、1200bps、4800bps、14kbps、28kbpsとモデムの通信速度が上がってきました。
本格的なパソコン通信は、PC−VANでやっていました。
ここの掲示板で全国のパラグライダー愛好者と友達になれました。
PC−VAN会員証と請求書(1987年)

モデムの通信速度が14kbpsになったころに
IBMネットでOS2warpを使ってインターネットに接続できるようになりました。
kajita@ibm.netなるEmailアドレスを貰いました。
当時は、一部の大学だけで
モザイクと言う妖しげなソフトでインターネットでWEBを閲覧できました。

tamaが本格的にインターネット、TCP/IPと仲良くなったのは、
パソコン雑誌の付録に付いていたWindows−NT3.51を
PS/V Vison(メモリー 8Mbyte HDD 140Mbyte)にインストールしてからです。

しかし、通信速度は、ADSLにするまでは、ISDN64Kbpsでした。

日本のPCおよびネットワークの発展を遅らせたのは、
当時のNECの非DOS/VパソコンとNTTのISDNと思われました。
お隣の韓国に較べて遅れたらしい、、、

PC−VAN終了のお知らせ(1999年)

tamaは、1996年に早速ホームページを立ち上げてみました。
朝日ネットがインターネット接続できましたので、このサーバを利用していました。

ホームページ作成の大きな原動力は、1994年末に(事実上)日本初のデジカメQV−10が発売されて
tamaもしばらくして、QV−10を購入したことです。
QV−10で撮影した画像です。


1996年頃 tamaのホームページ(画像)